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習うより

d15a16f3.jpgその昔、まだ私が革製品を作る情熱しか持ってなかった頃、習う事は必要ないと色んな先生がおっしゃった。情熱は習えないという褒め言葉と、そこしか褒めることがないという現実への慰めだったのかなと、何かある度に思い出してきた。そして今、わたしは物づくりの現場にいて、職人さんに様々なことを教わる機会にも恵まれている。でも、習うという言葉には違和感を感じている。習うが向いていないのか、習うではなくて学ぶということなのか、それは明言できないけれど、これまで出会った沢山の方の助言が、少しずつ真実味をおびてきている。そう感じている。

今日、職人さんと手帳を作った。ポイッと銀ペンを渡されて、「包丁」と言われて革を真っすぐ切る。ポイッと革を渡されて、「ミシン」と言われて真っすぐ縫う。戻して「金具」と言われて真っすぐ打つ。そして最後だけ私から話す。「綺麗にできたなぁ。」そして職人さんが「自分で褒めてりゃいいさ。褒めてくれる人がいないから自分で慰めているんじゃないだろうな?」と笑う。

職人さんは、工具の名前だけ話している訳でもない。きちんと嫌味も教えてくれる。