革を独学で勉強していました。
毎日のように革を切ってばかりいたら、
手のひらが痛くなってお風呂でジンジン滲みました。
これがモノづくりの階段かと思って、
喜ぶ自分がいたのです。
包丁が研げていなかったからだと気づいたのは、
どれぐらい経った頃でしょうか。
浅草の砥石屋さんへ出かけました。
それでもどれを買って良いのかわかりません。
砥石屋さんにはプロが来るので店主もわかりません。
そこへ黒くて大きな古い自転車に乗ったおじいさんがやってきました。
「砥石は選べないけど、いい包丁持ってるな。
じゃあこの砥石だ。・・・ところで研ぎ方知ってるのかい?」
知らないと答えたら、ついておいでと自転車を引きはじめました。
それが矢沢十四一先生との出会いでした。
私は彼にモノづくりの心を教わったような気がします。
彼が同じ格好で朝から晩まで毎日のように同じ革を染めていて、
「うん、まだまだだな。」と笑う姿がとても温かかった。
今日見た遺影写真もそのままの笑顔で、
82歳なのに長身でジーパンとスカーフの似合うお洒落さんで、
今にも「壊れちゃったんじゃない、壊したんだろう?」と
言葉尻を直されそうです。
息子さんが思い出話をしてくださったとき、
今話しているのは本当は誰ですか?と話しかけたくなりました。
江戸っ子の先生が「ばれちゃあしょうがねぇ」と笑い出しそうな気がして。
先生に出会えて、この工房での空気に一緒に居られた輝いた時間があったことが
とても貴重なものに思えて、有難くて、そして寂しかった。
頂いたお道具を大切に使います。ずっとあの始まりの気持ちを忘れないように。
新しい旅立ちの足下が少しでも明るくなりますように。
