職人さんと浅草でランチ。 夏もまた一緒にランチをすることを約束。 そのときは箸で切れるカツを食べることになっている。
今回は時間がなかったから仕方なく会館の中の上野精養軒へ。 革の展示会が年に2回、浅草から歩いて5分程度の東京都立産業貿易センターで開催されているのだが、この8Fに食堂のような作りで上野精養軒の台東店が入っている。そこで職人さんは、うな重を選択。私にたくさん食べろと言うけど、オムハヤシを選択。尽きない話で長時間経過、オーダーした珈琲も無くなって、お客もまばらに。
「あ、展示会が終わっちまう。大丈夫かな。」 と焦りだす職人さん(笑)
すぐさま階段を下りて、革屋さんを回る。 私は耳をダンボにして職人さんの独り言を拾う。拾っていたら、職人さんは私に直接独り言を言うようになった。こういうのが本当に貴重。職人さんは内部事情にも詳しい。「あれが社長。でも力があるのは今眼鏡かけて座ってるあの人ってとこかな。」と言ったら、あの人が近づいて来た。職人さんがいると普段聞けない話が出てくる。排他的とは違うのだけど、このあたりの感覚が名古屋と似てる。職人さんはどこの社長とも幼なじみみたいなものらしくて、なんだか微笑ましい。そして職人さんのベルトを見ると、ドクロのバックル。取り出した財布も男性に根強い人気ブランド。(これらもちょちょいのちょいと自分で作ったはず)コンチョ用のコインも海外から取り寄せてるし、やるなぁ職人さん。
東京大空襲のあとの東京復興の話も聞いて来た。 小学校へ避難しようとお母さんに手を引かれてあたふたしていたら、警官からもういっぱいだから公園に行くように指示され、仕方なく公園へ。でもコンクリートづくりの建物に避難した人は、熱と煙にやられ、逃げ場の無い中ほぼ全滅だったとのこと。そして焼け野原になった東京で、浅草界隈の人たちは地方に送って預けておいたミシンをいち早く取り寄せ、材料を遠方から仕入れて仕事した。バラックが建ち並ぶ中、縫製業や革の加工や何やらで皆すぐにお金を稼ぎだしたらしい。仕事をするのに理屈なんていらない。
この職人さんは現役はもう引退している。だから私に付き合ってくれる時間も持っている。そして彼はお金をそれほど稼がなくても生きて行ける。だけどなぜ仕事をしているのか。この前は女性向けファッション誌を見て、自分なりにアレンジした物を制作していたし、私が改良案をだした内装をまた別の個人客に提供して褒められたんだと喜んで報告してくださる。毎年北海道に釣りにも出かけているらしい。
先日、私の友人のおばあちゃんが亡くなった。90歳を過ぎていた。 「洗濯物あったら出しなさい~」と同居の家族の洗濯物を干し、「ちょっとおばあちゃん疲れたから横になるね~」と笑顔で言って、そのまま布団で眠るように亡くなった。家族みんなとっても幸せな空気が流れたと言う。お役目を終えるその瞬間まで、人の役に立っていた事は家族達のお手本になったようだ。
職人さんもそんな死に方が憧れなのだと言う。「ぽっくり寺」なんていうお寺もあるんだぞと笑う職人さんだけど、まだまだ彼は若くて、そして優しい。だから彼のような手をとおして製品が出来上がるのが本当に嬉しい。すべての作業の入り口は健全と安心から。私はまずここを通りたい。
