中国の毒入り餃子事件で、国内の餃子の皮が飛ぶように売れているとのこと。インタビューを見ていたら、「作った方が安全でおいしい」という声がほとんどだった。外食産業も今回のことで打撃を受けているのではないだろうか。普段あまり意識しないで食べている食材を、「どこからやってきた食材?」とか「安くて美味しいと思っていたけど、もしかして食材に訳が?」などと無意識が意識に変わった途端、不安もどんどん大きくなって、普通だったことが、ある日突然普通ではなくなる。
先日、幼い頃のことを思い出していた。手作りの洋服と料理で育った私は、母親が手作りが好きなんだろうと思っていたから、出来上がった洋服を見て「買ったのがいい~」とか生意気なことを言っていた記憶があるけど、弟は満面の笑みで、洋服に身体を合わせてでも着たいらしく、喜んではしゃいでいた。可愛かったな~、弟(笑)でも、ふと思うときがある。毛糸で編んだ弟と色違いのボーダーのパンツスーツや毛糸のニット帽、セーター。成長の早い私達のために、ほどいては編み、編んではほどき、編むたびに色を取り替えたり、ボタンをつけたりしていた母親は、本当に手作りが好きなだけだったのだろうか?
先日母親に「お母さん若かったし、結構生活苦しかったの?私そんなこと考えもせずに買った服がいいとか言ってたよね。」と電話すると、「気づかれたら困るのよ~。それに手のかかった物じゃないと既製品に劣るじゃないの。」と笑い飛ばされた。私は私なりに自分に似合う服の形が頭にあったようで、その頃はそれを表現する術が無かったので、売っているもので近いのを選ぶしか頭に浮かばなかった。母にリクエストしたら手間をかけさせてしまうと思っていたけど、もしかしたら私の想像を越えるようなものが出来上がったのかもしれない。自分が大人に近いと思っていたけど、子供でいさせてもらっていたんだな。やっぱり子供だな~。
