職人さんと東京大空襲

打ち合わせの予定が急に変更になり、午後からスケジュールを急遽入れ替えて、すべてが前倒しになる。最近、予定が前のめりに変わる場合は、出来る限り受け入れることにしている。時間の概念が少しだけ変わってしまったのかもしれない。

「しまった。こんなときに来ちまうなんて。家で甲子園観とくべきだった・・・」と少し上を見て笑いながら、職人さんは私の作業に勝手に参加してくれた。ラジオから流れる原発のニュースに耳を傾けながら、彼が幼い頃に経験した東京大空襲の話を静かに聴く。合いの手を入れるように裁断機が革をザクっと断つ音が響く。私は、裁断された革の裏に、目止め剤をひとつずつヘラで塗りこんでは乾かして、少しずつまとめてコバ(裁断面)にもそれを塗りこんで磨く。平行して、焼印機に熱を入れて、ひとつずつ焼印を入れていく。3時間ぐらい、こんな時間が続いて珈琲を入れた。

「浅草から電車が出たんだ。親戚縁者がいる人は疎開するために。あの景色は忘れられねえなぁ。松屋から煙があがってさ。1階から順番に火がついて、どんどん上の階に燃え移ってしまってな。上に逃げるってことは、死を意味していたんだよ。俺はまだ小さくて、人形のように人が転がってるのをただ景色と見るしかなくて歩いたよ。」
あたり一面の家は見る影もなく、学校だけがポツンと残っていたらしい。

「どこでどう寝るんですか?家が無くて。」と聞いた。
「何も無いんだ。燃えてさ。ダンボール?ないない(笑)あのころは屋根がトタンの家が多くてねぇ。落ちてるそれを拾って来るだろう?地面に穴を掘るんだ。その中に入ってトタンをかぶせる。毛布なんてものも何も無い。そうやって寝たんだ。何も無いんだもん。仕方ないよ。」

一緒に食事をすることになり、話は続いた。話は、物中心から人中心になった。何もなくなり、身包みはがされたときの人の動きについて。以前なら、ここまで心に響かなかったかもしれない。職人さんはいつも楽しそうに、あっけらかんと話すので、声のトーンと現実が全然違う。でも今は、ザクザクッと心に響く。

「それにしてもこの裁断機はいいなぁ。海外から仕入れたのか。いいなぁ。ザクッというこのストライクのような音がいいな。」たしかにそうですねと私も頷いた。時間が立体交差しているような午後だった。

人気ブログランキングへ徒然メモでした。